しろくまハウス10号

性的に苦しむ人々に - イエズスからのメッセージ

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2007年8月8日(抜粋)

イエズス様:

 愛するマリー・マドレーヌ、イエズスが話をする。あなたを愛している。祝福をおくる。

 はずかしめに耐えてきたあなたにとって、たくさんの思い出もあるだろうけれども、一番の転換点は、やはり償いのセックスをしたために、多くの人からの讒言(ざんげん)と教会の異端者扱いを身に受けたことであった。

 2000年間も、教会は性的に堕落した人々を締め出し、自分たちを聖なる神の子と思い続け、道ばたにいる人々をないがしろにしてきた。教会の決まりがそのようにしたのであって、イエズスはそれをそのままにしておいた。

 修道者たちには、たくさんの神との交わりをするように、いつも働きかけ、祈りをさせた。だから幼きイエズスのテレジアのような、本当に無邪気な子供のような修道者も現れてきた。

 でも、生き様に関して、聖人伝は聖なる部分しか書かれておらず、彼らが貧しかったことや、幼きイエズスのテレジアのように傷を負った魂であったとか、文献が少なくって、たくさんの聖人たちの生き様が最初どうだったのか知らされていない。

 そのために聖人伝を読むと、「ああ、あの人のようになりたい」そう思って、あこがれて入る修道会に身を寄せようとして、多くの人が修道会の門を叩いたりした。

 けれども修練期中に挫折する多くの若い人々がいたりして、修道会はとっても大きな厚い壁に覆われて、なかなか徳が積めないで進んでいけない人たちを外に出して、その徳を積める人、体力のある人だけが残っていくようになっていった。

 ベルナデッタも結核の大きな病の中にありながら、愛徳を磨き、修道生活に身を置いた一人ではあったけれども、やはり反対にあい、はずかしめをたくさん受け、修道会の厚い壁を彼女も経験した。

 あなた方に一番近いのはベルナデッタであり、優しく包んでくれる保護者となる。

 清水小屋の共同体と名古屋の共同体の皆は、一人ひとり徳の積み方とか、それぞれの歩みに従って、生き方が全部違うので、修道会ではなくて、同宿会としてたてられた。

 皆、傷を負い、日本人のよくないしつけの文化に傷つけられてしまった全員がそこに集められており、ロンジン・マリーも告白を出すほど、非常に皆が傷ついていることを赤裸々にするようになってきた。

 それで全然構わないし、イエズスはその傷のために打たれて十字架で死んだし、あなた方を救いたくて、今このようにあなた方の傷の処理をしている。

 恐れないで何も隠さないで書いて欲しい。


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by clara_1004 | 2009-05-22 14:12

おめだじの知らねごどいっぺ書いである。白熊、ネコ…etcがリトル・ペブルの「ヨゼフパパファンクラブ」やってんだ。全部標準語だ。いがべ!
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